トルコの春祭り「フドゥレルレズ祭」


フズルの日(Ruz-ı Hızır/Hızır günü)という名でも呼ばれるフドゥレルレズの日(Hıdrellez günü)は、預言者フズル(Hızır)とイリヤス(İlyas)が地上で出会う日と考えられている。*1
「フドゥレルレズ」という名前は、フズルとイリヤスという言葉が結びついて、人々の口から口へと語り継がれるうちに変化したものと思われる。


民衆の間で古来用いられてきた暦によれば、1年は大きくふたつに分けられていた。
5月6日*2から11月8日*3までが、「フズルの日々(Hızır Günleri)」と呼ばれる夏の季節。11月8日から5月6日までが、「カスムの日々(Kasım Günleri)」と呼ばれる冬の季節である。
したがって5月6日は、寒かった冬の日々が終わりを告げ夏の暑い日々が始まる、その最初の日であり、それがこの祭りの由来となっている。


フドゥレルレズにおいて、重要な役割を果たすのが、フズル(Hızır)である。
このフズルとは何か。


フズルは、最も広範に信じられているところでは、「命の水(ab-ı hayat/hayat suyu)」を飲んで不老不死の境地に至り、時々、とりわけ春になると人々の間を廻りながら、困難な状況に瀕している人々に援助の手を差し伸べ、富と恵みと健康を分け与える、アッラーの段階にまで到達した聖人あるいは預言者、と考えられている。

フズルがかつて実在した人物であるのか。その身分や生きていた時代・場所については一切知られていない。
フズルは、春とともに姿を現す春の使者であり、新しく萌え出ずる生命のシンボルなのである。
フズル信仰の広まっているトルコで、フズルの特徴は以下のようなものと信じられている。


1.フズルは、困難な状況に置かれている者の救済に駆けつけ、人々の願いごとを叶える。
2.フズルは、心の清らかな、善意を愛する人々には常に手を差し伸べる。
3.フズルは、立ち寄る場所に富と恵みと豊かさを届ける。
4.悩める人々には力を、病人には治癒を与える。
5.植物を芽吹かせ、動物を繁殖させ、人間に力を与えるよう促す。
6.人々に運が開けるよう手助けをする。
7.幸運と運命(縁)の象徴である。
8.奇跡と驚異の持ち主である。



フズルおよびフドゥレルレズの起源に関しては、さまざまな説がある。そのいくつかはメソポタミアアナトリア古来の文化に帰そうとするものであり、他のいくつかはイスラム化以前の中央アジアにまで遡るトルコ人独自の文化と信仰に帰そうとするものである。
いずれにせよ、フドゥレルレズの祭りとフズルの信仰が、単一の文化の産物である可能性は低い。
古来今日まで、メソポタミアアナトリアペルシャギリシャ、あるいはまた東地中海全域で、春および夏の到来を祝福する様々な儀式が、時に神の名のもとに執り行われているのを見ることができる。*4


トルコにおける春祭り「フドゥレルレズ祭」は、トルコ各地で様々な形で行われる。
大都市に行くほど珍しくなる一方で、小さな町や村では、前もって入念な準備が行われる。
この準備とは、家の掃除、服の洗濯、食べ物・飲み物に関した準備である。フドゥレルレズの前には、家々は隅から隅まできれいに清められる。なぜなら不潔な家にはフズルは立ち寄らないと考えられているからである。フドゥレルレズの日に身につけるため新しい服や靴も購入される。


アナトリアの一部の地域では、フドゥレルレズの日に行われる祈願が認められるようにと、喜捨や断食、犠牲を屠るなどの習慣がある。犠牲と供え物は、「フズルのもの」であり、これらすべての準備は、フズルに出会うことを目的として行われる。


フドゥレルレズのお祝いは、決まって緑地や木々の多い場所、水辺、貴人や聖人の墓・廟などの傍で行われる。
またフドゥレルレズでは、新鮮な春の植物や新鮮な子羊肉、新鮮なレバーなどを食べる習慣がある。春、初めての子羊を食べれば、健康と治癒がもたらされると信じられている。さらに、野原で花や草を摘み、それらを煮出した汁を飲むと、あらゆる病気によく効くと、またこの汁で40日間身体を洗うと、若返り美しくなると信じられている。


フドゥレルレズの夜、フズルの立ち寄った場所や触ったものには多産と富がもたらされるという信仰により、さまざまな試みが行われる。食べ物の容器、倉庫、財布の口は開けたままにしておかれる。家、ブドウ畑、田畑、車を望む者は、フドゥレルレズの夜に望む物をかたどった小さい模型をどこかに置いておくと、フズルが援助してくれると信じられている。


フドゥレルレズでは、開運の儀式もまた広く行われている。この儀式はトルコ各地で見られ、それぞれ異なる名前で呼ばれている。
この儀式は、春には自然およびすべての生物が覚醒するという意味において、人間の歴史も新たに開けるという信仰により、運試しのために行われる。
フドゥレルレズの前夜、運を試し、運命(縁)を開きたいと望む若い女性たちは、緑の多い場所や水辺に集まる。中に水を入れた素焼きの壷の中に、自分の所有する指輪、イヤリング、ブレスレットなどの品物を入れ、その口をガーゼのような布で覆った後で、1本のバラの木の根元に置き去りにする。
早朝、壷の傍に行き、ミルクコーヒーを飲みながらお祈りを捧げる。その後で、壷を開けるのに取り掛かる。壷の中の品物を取り出す際、同時にマーニ(民謡の一種)が唱えられる。それにより、品物の持ち主についての解釈が行われる。


フドゥレルレズ独特のこの方法は、基本的にこのような形で行われるが、地方によって多少の違いが見出される。
近年この儀式は、単に独身の娘たちの運命(縁)を開く目的で行われているようだ。


                        (トルコ共和国文化観光省公式HPより抄訳)


                         

*1:イズミール9月9日大学ブジャ教育学部トルコ語学科助教授メフメット・ヤルドゥムジュ博士によるズィレ(Zile)での調査レポートによれば、フズルは普段陸で住み、イリヤスは水の中で住む、と考えられている。5月5日の夜半、両者は水辺にあるバラの木の根元でめぐり合い、1年振りの邂逅を懐かしむと信じられている。

*2:ちなみに、現行のグレゴリオ暦では5月6日であるが、旧暦であるユリウス暦では4月23日であった。

*3:同じく日本の暦で言えば、11月7日頃が立冬にあたることから、ほぼ同じ暦が使用されてきたことが分かる。

*4:お隣の国ギリシャでは、5月1日が「プロトマイア」と呼ばれる春を祝う日となっており、野原などにピクニックに出掛けたり、黄色い花を摘んで花輪をつくりドアやバルコニーなどに飾る習慣があるのだそうだ。また南ドイツ地方でも、5月1日に広場の中央に「マイバウム(5月の木)」を立て、その周りで踊ったりして春の到来を祝う習慣がある。